>>1【 パシリ 】
【 パシリ 】
始まりはパシリだった。
昼の買い物(パンなど)に行く時は運動部のクラスメイトから買い物を頼まれた。
買い物先で上級生からの言い掛りを避ける為だと感じた、私(とし○○)は親切心から買出しを協力していた。
それから、一週間もすると依頼では無く命令口調になった。
当然だが、(とし○○)命令に従う義務など無い、親切で協力して居ただけだからだ。
私は買出しを拒否した。
【 苛め 】
翌日、理由も無く背後から殴る蹴るの暴力が始まったのだ。
既に運動部の奴らは団結していた、原因は私の買出し拒否が怒りを買ったらしい。
強制的に買出しを強要にされ、拒否出来ない状況は日を追う毎に出来上がっていた。
この頃のクラス内は真面目な学生と、欲望のままに好き勝手な学生生活を送る不良グループの二つに分かれて居た。
そんな、ある日の出来事である。
私が買出しから戻るとクラス内ではエロ本を見て性行為のポーズを真似し合っている奴ら不良グループの姿が有った。
最低の不良だ、人目を気にもしない下品な馬鹿だなと私(とし○○)は彼らを見て軽蔑した。
女装性処理便器奴隷 愛称名:矢良瀬 体用(やらせ たいよう)
本記載は高校に通う一人の男が、男ばかりのクラスの中で三年間に渡り強制的な躾を受け同年代の男達により、奴隷に変えられ卒業まで過ごした成長記録(実体験)実話である。
これは苛めでも、犯罪でもは無く、互いの利害が一致して行われたカリキュラムである。
クラスは選考科目毎に生徒が振り分けられ、クラス替えは卒業まで無く同じ顔触れで過ごす。
私の学科には宿泊実習が有り、持ち回りの当番制で月に二回ほど動物の飼育管理が義務付けられて居たのだ。
【 紹介 】
私の名前は ○○ とし○○、高校に入学する前までは普通の男の子であった。
○○ とし○○ は中学時代を遊び呆けて過ごした結果、成績はクラスでも下の上であった。
そんな私でも、思いを寄せる憧れの存在(女子中学)が居た。
声も掛けられず中学卒業となったが、彼女を想い毎日のように卑猥な幻想をしては自性行為を一日二回以上行繰り返す毎日であった。
希望する進学高受験には偏差値が足らず合格は絶望的であった為に普通科高校を諦め、県立の専門高(農業高校の畜産科)を受験し無事に入学した。
【 高校生活スタート 】
そんなノーマルな男(○○ とし○○)の平穏な人生が農業高校の畜産科に通う事で終了する事を私は知る由も無かった。
入学後の生徒は部活動を選択する、私(○○ とし○○)は成績を残せぬ運動部のシゴキを警戒して入部を避けた、そして上級生の少ない理化学系の部活に入部した。
クラスの担任とクラスメイトが紹介され高校生活が始まった。
一方、運動系の部活動を選択した生徒は上級生からの説教やシゴキによりストレスが溜まりフラストレーションの足り場を探していた。
ストレスを発散する為に文化部の自分(とし○○)が標的にされるのは必然だったのかも知れない。
そう、文化部にはシゴキも指導も無く自由だから、運動部の彼らは不公平感を抱いたのだろう。